大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和34年(ワ)6666号 判決 1960年2月19日

原告 増岡章太郎 外一名

被告 日本弁護士連合会 外一一名

主文

原告等の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

第一原告等の主張

(申立)

原告等は、「(一)被告日本弁護士連合会(以下連合会という。)が、昭和三四年三月二一日被告吉川を被告連合会の会長に、被告江村、同毛受、同稲田、同鈴木、同谷、同早川、同辻丸、同大川、同上田、同福島を被告連合会の副会長に選任した行為は、いずれも無効であることを確認する。(二)昭和三四年五月三〇日開催された被告連合会の臨時総会における、別紙第一の(二)ないし(四)の議案を否決する旨の決議が無効であることを確認する。(三)被告連合会は、別紙第一の(一)ないし(四)を会議の目的事項とする臨時総会を招集せよ。(四)訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

(請求原因)

一、原告等は、被告連合会に所属する弁護士である。

二、被告吉川は、昭和三四年三月二一日被告連合会の会長に、また、被告江村、同毛受、同稲田、同鈴木、同谷、同早川、同辻丸、同大川、同上田、同福島は、同日被告連合会の副会長に、それぞれ選任されたものである。

三、しかしながら、右選任行為は、弁護士法に基いて定められた日本弁護士連合会会則第一五条の規定に違反し、無効である。すなわち

(一) 会則第一五条は、被告連合会の会長、副会長等の役員の選任は、人格識見ある者が、衆望をになつてこれにあたることができるように、民主的で、且つ公明な方法によつてなさなければならないと、規定しているが、その具体的方法は、会則に基いて定められた役員選任規程の規定するところであり、これによれば、役員は、各弁護士会から選出された代議員によつて組織された代議員会において、代議員が選任することになつており、現に、被告連合会を除く被告等も、この規程により、昭和三四年三月二一日開催された被告連合会の代議員会(以下本件代議員会という。)で、前記のように役員に選任されたのである。

(二) このように代議員会は、いわば役員選任の母体なのであるから、当然民主的な方法、すなわち、会員の直接選挙によるべきものである。しかるに、本件代議員会を構成する代議員は、別紙第二に表示した方法で選出されたものであり、会員の直接選挙により選出されたものではないから、これらの代議員により選任された被告等役員は、会員の衆望をになつているものではない。

(三) 更に、本件会長の選任に当つては、事前に、これまでに例をみないほど多額の運動費が使われたうえに、長老と称する一部の弁護士は、会長候補者を一人にしぼるため、昭和三四年度の会長候補である被告吉川及び岡弁良の両名に対し、くじ引によつて昭和三四年度の会長候補者一人を定め、その結果昭和三四年度の候補者になれなかつた者を次年度の候補者に推して、その当選を期するよう取り計らうことを提案して、右両名の承諾を得、これが実行された結果、被告吉川一人が昭和三四年度の会長候補者になり、本件会長選任行為がなされたのであつて、このような方法が非民主的且つ不公明であることは、いうをまたないところである。

四、よつて原告増岡は、原告等を含む三一六名の弁護士を代表し、昭和三四年五月四日会則第三六条第一項に基き、別紙第一記載の事項を会議の目的とする臨時総会の招集を被告吉川に請求した。その結果、昭和三四年五月三〇日被告連合会の臨時総会(以下本件臨時総会という。)が開かれ、別紙第一の(二)ないし(四)の各議案が上程審議されたが、いずれも否決された。

五、しかしながら、右決議は、次の理由により無効である。すなわち――、

(一) 会則第三六条第二項は、同条第一項により、総会招集の請求があつたときは、会長は理事会の議を経て、二週間以内に臨時総会を招集する手続をしなければならない、と規定している。しかるに、本件臨時総会は、原告増岡等が総会の招集を請求した日から二週間を経過して開かれた。

(二) また、総会の招集を請求した者が、会議の目的たる事項として指定した議案については、その請求に基いて開かれた臨時総会において上程審議さるべきが当然である。もつとも、会則第九九条によれば、会則の改正について理事会の発議によるべき旨を規定しているが、それは、通常の場合を規定するにとどまり、会則第三六条第一項に基く総会招集請求の場合には、右九九条は、その適用がないものと解すべきである。けだし、この場合にも会則第九九条の適用があるとすれば、主人たる会員は、番頭にすぎない理事の、永久且つ絶対的な支配を受けるという不合理をおかすことになるからである。しかるに、原告増岡等の指定した会則の改正に関する別紙第一の(一)の議案は、本件臨時総会において上程されなかつた。

六、右のように、本件決議が無効である以上、被告連合会は、原告増岡等の請求に基く臨時総会を招集すべき義務がある。

七、よつて原告等は、本件役員選任行為並びに本件決議が、無効であることの確認を求めるとともに、被告連合会に対し、別紙第一表示の事項を会議の目的とする臨時総会の招集を求めるものである。

第二被告等の答弁

被告等訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、次のとおり述べた。

一、原告等主張の請求原因中第一項及び第二項の事実は、いずれも認める。

同第三項(一)の事実及び同項(二)、(三)の事実中、本件代議員会を構成する代議員が、会員の直接選挙によらなかつたこと、本件役員選任に当り、事前にある程度の運動費が支出されたこと及び一部の弁護士が、会長候補者を一人にしぼるよう努力した結果、昭和三四年度の会長候補者が被告吉川一人になつたことは、いずれも認めるが、その余の事実は争う。

同第四項の事実は認める。

同第五項(一)の事実は認めるが、同項(二)の事実中、原告増岡等指定の別紙第一の(一)の議案が、本件臨時総会に上程さるべきものであることは争う。

二、代議員も、民主的且つ公明な方法で選ばるべきは、当然であるが、その具体的方法は、原告等主張のように、会員の直接選挙に限るものではない。本件代議員会を構成する代議員は、会則第四三条に基き、別紙第三に記載した方法で選出されたのであるが、これをもつて、非民主的且つ不公明といえないことは、いうまでもない。更に、たとい代議員の選出方法に非民主的且つ不公正のかどがあつたとしても、これにより本件役員選任の効力が左右されるいわれはない。

また、会長選任も、それが選挙である以上、相当額の運動費を要することはむしろ当然であるし、一部の有志が会長候補者の調整に尽力したからといつて、本件会長選任が、会則第一五条に反するものでもない。

したがつて、本件役員選任行為は有効である。

三、会則第三六条第二項に関する原告等の主張は、独自の解釈論である。被告吉川は、原告増岡等の請求を受けると、直ちに会則及び議事規程に則り、昭和三四年五月一六日理事会を開催して、その決議を経て、本件臨時総会を招集したのであり、この点につき、何等会則違反のかどはない。

また、原告増岡等が会議の目的たる事項として指定した別紙第一の(一)は、会則の改正案である。ところで、会則第九九条によれば、会則の改正は、理事会において、出席者の三分の二以上の賛成をもつて発議し、代議員会において、出席代議員の三分の二以上の賛成をもつて可決した上、総会において、出席した会員の三分の二以上の賛成をもつて議決しなければならないのであるから、右議案を本件臨時総会の議題とすることは、同条の規定に反することになる。そこで、本件臨時総会には、右議案を上程しなかつたのであり、したがつて、この点に関する原告の主張も理由がない。

第三証拠関係

原告等は、甲第一、第二号証、第三号証の一から三、第四号証から第七号証、第八号証の一から一五を提出し、乙号各証の成立を認める、と述べた。

被告等訴訟代理人は、乙第一号証から第四号証を提出し、甲第八号証の一から一五のうち郵便官署作成部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は知らない、その余の甲号各証の成立は、いずれも認める、と述べた。

理由

一、まず、原告等の本件役員選任行為無効確認請求について判断する。

原告等が被告連合会に所属する弁護士であること、昭和三四年三月二一日開催された被告連合会の代議員会で、被告吉川が、被告連合会の会長に、被告江村、同毛受、同稲田、同鈴木、同谷、同早川、同辻丸、同大川、同上田、同福島が、被告連合会の副会長に、それぞれ選任されたこと及び被告連合会の会長、副会長等の役員の選任につき弁護士法に基き定められた日本弁護士連合会会則に基き定められた役員選任規程に、それぞれ原告等主張のような規定のあることはいずれも当事者間に争がない。

ところで、原告等が、本件役員選任行為の無効原因として主張するところは、(1) 本件代議員会を構成する代議員が、会員の直接選挙により選任されたものではないこと、(2) 本件会長の選任に当り、多額の運動費が使われたこと、(3) 一部の者が、会長候補者の調整をしたことの三点である。よつてこの点を順次検討する。

(一)  成立に争のない甲第四、第五号証及び乙第一号証によれば、被告連合会の代議員の選出については、会則第四三条ないし第四五条の規定するところであるが、その具体的な方法については、何等の規定もないことが認められる。したがつて、このような方法で代議員を選任するかは、各弁護士会に一任されているものといえる。もとより選任という以上、全会員に選任の機会を与えるべきことは当然であつて、この限りにおいて、その選出方法が、会則第一五条の趣旨に則るべきものであることは疑がないであらう。しかし、代議員の選任につき会員から、選任の権利または選任の機会を奪うような特段の措置を講ずることのない限り、弁護士会はそれぞれ、適当と認める手続によつて代議員を選出すべきことを定め得るのであつて、原告等主張のごとく、その方法を会員の直接選挙によらしめなければ、会則第一五条にもとるとすべき理由は、毫末もない。したがつて、原告等の右(1) の主張は、それ自体理由がない。

(二)  次に、会長選任について、会則第一五条の定めがあることは前記のとおりである。しかるに、同条は、一般的抽象的に会長が民主的且つ公明な方法で選ばるべきことを規定しているにとどまり、これを確保するための具体的措置は、ことごとく役員選任規程に委ねている。ところが、同規程には公職選挙法にみられるような、選挙費用や選挙運動あるいは立候補等に関する制限規定は全く存在しない。それは、法律専門家たる弁護士の自治能力に信頼し、買収その他の不正行為によつて、会長が選ばれるというようなことはあり得ないであろうし、また、よしあつたとしても、会員たる弁護士各自の力で、それを排除し得るであらう、との意図に基くものと解される。そうだとすれば、右のような不正行為によつて会長を選ぶというようなことは、当、不当の問題であつて、適否の問題ではないといわなければならない。もつとも、著しく不当な方法で会長が選任されたというような場合には、その瑕疵は、会長選出の効力を左右するに至るものと考えられないではないが、原告等の主張するところは、本件会長選任に当つて、多額の運動費が使われた、というにつきるのであつて、しかも被告吉川が、会長に選任されたのは、右のような運動費出損の結果ではなく、むしろ後記のように候補者の調整が行われた結果にほかならないことは、原告等の暗に自認するところなのであるから、右行為が本件会長選任の効力を左右しえないことは明らかでありしたがつて、多額の運動費が使われたことを理由とする原告等の主張は、排斥を免れない。

(三)  本件会長の選任に当り、一部の者が、会長候補者の調整を計り、会長候補者を被告吉川一人にしぼつたことは、当事者間に争がなく、その経緯の詳細をみるに成立に争のない甲第三号証の一から三によると、被告吉川の外、岡弁良弁護士も、昭和三四年度の会長候補者として推薦されていたが、昭和三四年三月八日被告連合会の円満な運営と、在野法曹の平和を望む一部の有力な弁護士のあつ旋により、右両候補者の間で、一方は、昭和三四年度の候補を取り止め、昭和三五年度の会長候補者として推薦を受けることに意見が一致し、抽籖の結果岡弁良において昭和三四年度の会長候補を取り止めたことが認められる。

しかしながら、前述のように会長選任については、立候補や選挙運動に関する制限規定はなく、弁護士である以上何人といえども会長に立候補し、あるいは、その推薦をなし得るのであるから会長候補者を一人にしぼるということは本来無意味なはずである。もとより、かようにいうことは一部の有力な弁護士の恣意により年度毎の会長が事実上決定されることを適当とする趣旨ではない。しかし、これを排除することは、会則その他の規程から明らかなように、広汎な自治権限を有する全弁護士の自覚と努力にまつべきものであつて裁判によりその解決をはかるべき問題ではない。したがつて原告等の前記(3) の主張は、これを採るを得ない。

そうすると、原告等の本件役員選任行為の無効確認請求は、理由なきに帰するものといわなければならない。

二、進んで、原告等の本件決議の無効確認請求について判断する。

原告増岡が、原告等を含む三一六名の弁護士を代表し、昭和三四年五月四日会則第三六条第一項に基き、別紙第一記載の事項を会議の目的とする臨時総会の招集を被告吉川に請求したこと、その結果、昭和三四年五月三〇日被告連合会の本件臨時総会が開催され、別紙第一の(二)ないし(四)の事項が議案として上程審議されたが、いずれも否決されたことは、当事者間に争がない。

原告等は、本件臨時総会は、原告増岡等が、総会の招集を請求した日から二週間以内に開催されなかつたから、会則第三六条第二項の規定に違反する、と主張する。

しかしながら、会則第三六条第二項が、「前項の招集の請求があつたときは、会長は理事会の議を経て、二週間以内に臨時総会を招集する手続をしなければならない。」と規定していることは、当事者間に争のないところであつて、しかも成立に争のない、乙第一号証によれば会則第三六条第二項にいわゆる総会を招集する「手続」が、ひつきよう、会則第三五条の定める総会招集の通知を発することにほかならないことは明らかである。

原告等の前記主張は、会則第三六条第二項が二週間以内に総会を開催することを規定したもの、と解することを前提としているのであるが、かかる解釈を容れるべき何等の根拠もなく、したがつて前記主張は、とうてい採用しがたい。

更に、原告等は、「原告増岡等が本件臨時総会招集請求に当り会則の改正に関する別紙第一の(一)を会議の目的たる事項として指定したにもかかわらず、右事項は、本件臨時総会に上程されなかつたから、本件決議は無効である。」と主張する。

しかし、成立に争のない乙第一号証によれば、なるほど会則第三四条は会則の制定及び変更に関する事項を総会の審議事項としているけれども、他方、会則第九九条は、会則の改正は、理事会において、出席者の三分の二以上の賛成をもつて、発議し、代議員会において出席代議員の三分の二以上の賛成をもつて可決した上、総会において出席した会員の三分の二以上の賛成をもつて議決しなければならないと規定していることが認められる。したがつて、会則の改正に関する発議権は、理事会に専属し、一般会員にはないのである。

原告等は、この点につき「右のように解するときは、会員は、理事の永久且つ絶対的な支配を受けることになり、不合理である。」というが、前記乙第一号証によれば、理事は、会員から選任された代議員によつて組織される前記代議員会において、弁護士たる会員の中から選任されるのであり、したがつて、究極的には会員の意思にその基礎をおいていること、しかも理事の任期も、代議員のそれも、ともに一年にすぎないことが認められるのであるから、会則改正の発議権は理事会に専属すると解しても、原告等の主張するような不合理は少しもなく、したがつて、原告等の前記主張も、それ自体理由なきに帰するものというべきである。

したがつて、原告等の本件決議の無効確認請求は、理由がない。

三、そうすると、本件決議の無効を前提とする原告等の被告連合会に対する総合招集請求もまた理由がないことは明らかである。

四、以上のとおり、原告等の本訴請求は、すべて理由がないから、失当として、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷部茂吉 篠原弘志 中野辰二)

別紙第一

(一) 会則第四二条第二項第一号の役員を「理事、監事」に改め、第五六条第二項の次に左の一項を加える。

会長及び副会長は、会員(弁護士会を除く)の記名による直接選挙で選任する。

会則第六三条中「役員」を「理事、監事」に改め、「副会長については三人」を削る。

(二) 左記改正案を会員たる議員の提案として国会に提出すること。

弁護士法第三三条第三項の次に左の一項を加える。

第二項第二号会長、副会長の選任に関する会則違反の行為については、公職選挙法第一六章の罰則を適用する。

弁護士法第五〇条中「第三四条」の上に「第三三条第四項」を加える。

(三) 破産管財人等の選任に関し、公平且つ国選弁護人選任に類する会規を至急制定すること。

(四) 裁判官増員等の経費を効果的に要求するよう責任者たる最高裁判所判事に要望すること。

別紙第二<省略>

別紙第三<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例